ジンバブエのハイパーインフレ[事件簿情報の編集]

2008年1月のインフレ率は年率10万%を越えた。平時に起こったハイパーインフレ。果してソフトランディングは可能か?

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1980-00-00

ジンバブエ共和国成立

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白人を追い出さないことを条件に、イギリスより独立。
総選挙の結果、ジンバブエ共和国が成立。カナーン・バナナが初代大統領、ロバート・ムガベが初代首相に就任。
白人黒人融和政策をとり、白人経営の農業によるタバコを中心とした農産物の輸出も順調。他のアフリカ諸国のような独立時の混乱とは無縁に見えたが・・・。
1987-00-00

ムガベ大統領就任

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大統領制に移行、ロバート・ムガベが大統領に就任した。
1997-00-00

IMFが援助を拒否

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ムガペ大統領は、白人農園に対する補償を無視する発言を行う。
これにより、英米よりのジンバブエに対する支援が打ち切り。更に国際通貨危機によりジンバブエの通過が急落。外貨が欠乏したためムガペはIMFに支援を求めた。しかし土地問題についての譲歩が条件となり、ムガペは拒否。
失業率も7割に達し、実経済の裏付けのないまま紙幣を発行し続けたことによりインフレが加速。

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2000-08-00

白人所有大農場の強制収用開始

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強制収容された農場は、協同農場の黒人農民に再分配する「ファスト・トラック」が開始された。
元々は、白人所有の農園の土地を政府が市場価格で買い取り、それを黒人に再分配するという独立時の取り決めがあり、しばらくはそれを行っていたが景気の悪化や人気取りのための予算ばらまき、農業技術の低下による農産物輸出の減少などにより無理となり、補償は旧宗主国のイギリスが行うべきとして強制収容に踏み切った。
2002-10-00

約5,000の農場を強制収用

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政府は1,100万ヘクタールの白人大農場(約5,000農場)を強制収用。
黒人に土地を分け与えたが、しかし単に土地のみを与えただけで、農業技術が失われたため、かつて「アフリカの穀物庫」と呼ばれたジンバブエの農業は深刻な打撃を受けた。
農業生産の落ち込みのため外貨が払拭、更に食料危機も発生し、翌年2003年には国民の約半数の500万人が国際社会からの食料援助を受けることとなった。
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2007-09-26

外国企業の強制収容

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外資系企業の株式の過半数をジンバブエの黒人に譲渡を義務づける法律が国会を通過。
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2008-01-00

インフレ率10万%に

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ジンバブエの政府統計によると、2008年1月のインフレ率は年率10万580.2%となった。
前年12月の年率6万6212.3%から3万4367.9ポイント上昇。
2008-07-16

220万%に

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ジンバブエ準備銀行(中央銀行)のゴノ総裁は、ジンバブエの消費者物価上昇率について、
「一部のエコノミストはジンバブエのインフレ率が前年比700%に達したと言っているが、中央統計局は220万%だとしている」と声明を発表。
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